【腕相撲の歴史】古事記に記述が!?あの弁慶も好んだ腕倒し

日本における腕相撲の歴史

ここでは「日本」における、腕相撲・アームレスリングの歴史について解説したいと思います。

日本では古くから、

  • 腕押し
  • 腕倒し
  • 手相撲
  • 斗腕

などの名称で、いわゆる力比べの手段として、なんと『1000年以上昔』より用いられてきました。

これは驚きですよね!

古事記に記述が残る

まず、日本歴史上で腕相撲に関する最も古い記述が登場するのが『古事記』だと言われています。

古事記とは?

古事記(こじき、ふることふみ、ふることぶみ)は、一般に現存する日本最古の歴史書であるとされる 。その序によれば、和銅5年(712年)に太安万侶が編纂し、元明天皇に献上された。(ウィキペディアより一部抜粋)

その古事記の中に『神々の領土争いに腕押しで決着とつけた』との記述が残っています。

”腕押し”が、いわゆる腕相撲のことを指しています。

室町時代にも登場

その他にも、室町時代に残された「義経記」も腕相撲の記述が残されています。

”義経”とは、あの「牛若丸と弁慶」で有名な源義経のことですね。

義経記とは?

まず、義経記は”よしつねき”ではなく、”ぎけいき”と読みます。
義経記と言っても、作者は源義経自身ではなく、作者は不明とされている。

そんな義経記の記述の中に『子供時代の弁慶が腕押しを好んだ』という一文があります。古事記と同様、ここでも「腕押し」と表現されています。

決闘で999本の刀を集め、怪力無双と言われた武蔵坊弁慶は、間違いなく腕相撲も強かったことでしょう。

日本腕相撲協会

1928年(昭和3年)に「横浜腕の会」という組織が誕生し、1950年に「日本腕相撲協会」と名称が改称されれ、現在でも活動が行われています。

日本腕相撲協会の腕相撲は”四角いテーブル”で試合が行われ、自由に肘を動かしてもよい等、独特なルールが設けられています。

日本腕相撲協会が定める腕相撲には、四十八手にも及ぶ『技』があり、アームレスリングが「力と力」の勝負ならば、腕相撲は「技と技」の勝負であるといえます。

日本アームレスリング連盟

1977年(昭和52年)には「日本アームレスリング連盟」、通称『”JAWA”(JAPAN ARM WRESTLING ASSOCIATION)』と呼ばれる組織が誕生しました。

実は日本アームレスリング連盟誕生の”きっかけ”は、あるテレビ番組だったのです。

1975年(昭和50年)に「株式会社東京十二チャンネルプロダクション」(現在のテレビ東京)が2年間に渡って放映された「勝ち抜き腕相撲」です。

放映当初は人気がなかったようですが、徐々に参加者も増えていき、テレビ局側から「組織を作ったらどうか?」と話がでたことが日本アームレスリング連盟誕生の始まりとなったのです。

伝統ある腕相撲に国際競技規定を参考にしたルールを決め、今日のアームレスリングとして定着しています。

終わりに

以上、1000年以上昔から親しまれていた腕相撲と、現代における組織の設立までを簡単に解説しました。